東京地方裁判所 平成6年(刑わ)161号 判決 1997年1月22日
主文
被告人を懲役三年に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を刑に算入する。
被告人から金一億四〇〇〇万円を追徴する。
訴訟費用は被告人に負担させる。
理由
(認定事実)
被告人は、仙台市長として同市職員を指揮・監督し、同市が発注等をする各種公共工事に関し、請負業者選定のための指名競争入札の入札参加者の指名、請負契約の締結等の職務を統括管理していたものであるが、
第一 知人である分離前の相被告人Aと共謀の上、平成四年四月一六日、東京都港区赤坂<番地略>にある国際赤坂ビル一九階のレストラン「クレール・ド・赤坂」において、株式会社間組の代表取締役会長兼社長であった分離前の相被告人B、同社の代表取締役副社長であった同C、清水建設株式会社の代表取締役副社長であった同D、西松建設株式会社の代表取締役副社長であった同E、三井建設株式会社の代表取締役副社長であった同Fから、いわゆるゼネコンである前記四社が、仙台市が発注等をする各種公共工事等につき、それぞれ被告人から指名競争入札の入札参加者に指名されるなど有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後同市が発注等をする予定の各種公共工事等につき同様の有利便宜な取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、被告人の女婿であるGを介して現金一億円の供与を受け、もって被告人の前記職務に関し賄賂を収受し(平成五年刑(わ)第一四一二号事件。同年七月一九日付け起訴状記載の公訴事実第二。以下、便宜「間ルート事件」という。)、
第二 平成四年四月中旬ころ、仙台市青葉区国分町三丁目七番一号にある仙台市役所内市長室において、鹿島建設株式会社東北支店次長であった分離前の相被告人H、同支店仙台営業所長であった同I並びに被告人及びIの知人であった同Jから、同市が今後発注する予定の仙台駅北部第一南地区再開発ビル新築工事等につき、被告人から指名競争入札の入札参加者に指名されるなど有利便宜な取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金一〇〇〇万円の供与を受け、もって被告人の前記職務に関し賄賂を収受し(平成五年刑(わ)第二二三六号事件。同年一一月一〇日付け起訴状記載の公訴事実第一。以下、「鹿島ルート事件」という。)、
第三 知人である分離前の相被告人Kと共謀の上、平成四年一〇月七日、仙台市青葉区中央<番地略>にある仙台ホテル四階エレベーターホール付近において、株式会社大林組の専務取締役土木本部長であった分離前の相被告人L、同社東北支店支店長であった同Mから、仙台市が葛岡清掃工場建設工事を同社において下請受注することが内定していた元請の日立造船株式会社に発注するなどしたことに対する謝礼及び同市が今後発注する予定の仙台市葛岡粗大ごみ処理施設建設工事等につき、被告人から同様の便宜な取り計らいを受けたいなどの趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金一〇〇〇万円の供与を受け、もって被告人の前記職務に関し賄賂を収受し(平成六年刑(わ)第一六一号事件。同年二月七日付け起訴状記載の公訴事実第一。以下、「大林ルート事件」という。)、
第四 前記のKと共謀の上、平成四年一一月一八日から同月二七日までの間に、仙台市宮城野区原町<番地略>にあるK木材株式会社事務所において、大成建設株式会社の代表取締役副社長であった分離前の相被告人N、同社東北支店支店長であった同Oから、仙台市が発注した泉中央土地区画整理事業南北大通線整備工事等を大成建設株式会社が受注するに際し、同社が被告人から指名競争入札の入札参加者に指名されるなど有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び同市が今後発注する予定の仙台駅北部第一南地区再開発ビル新築工事等につき、被告人から同様の便宜な取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金二〇〇〇万円の供与を受け、もって被告人の前記職務に関し賄賂を収受した(平成五年刑(わ)第二二二〇号事件。同年一一月七日付け起訴状記載の公訴事実第一。以下、「大成ルート事件」という。)。
(証拠の標目)<省略>
(争点に対する判断)
第一 被告人及び弁護人の主張の要旨
一 被告人は、(1)間ルート事件については、金員を受領したことは間違いないが、選挙資金として受け取った旨、(2)鹿島ルート事件については、平成四年にJから一〇〇〇万円を受け取ったことがあるが、その時期は同年の春ころか秋ころか明確でなく、また、右現金は、選挙資金として、鹿島建設株式会社からJが頼まれて持ってきたものと聞いている旨、(3)大林ルート事件については、株式会社大林組から、一〇〇〇万円を受け取ってはおらず、Kと収賄について共謀したこともない旨、また、大林組のために有利便宜な取り計らいをしたことはないし、するつもりもなかった旨、(4)大成ルート事件については、大成建設株式会社からの現金をKから受け取ったが、その時期についての明確な記憶はなく、また、右現金は大成建設から選挙資金として提供されたものと聞いている旨、それぞれ供述している。
二 弁護人は、被告人の供述に依拠して、本件各ルート事件において、ゼネコン各社が被告人に対して提供した現金はいずれも選挙資金(選挙資金を含む政治活動資金という趣旨である。)であり、賄賂としての性質をもつものではなく、また、被告人には本件各現金について賄賂性の認識もなかったのであるから、被告人は無罪であると主張する。加えて、鹿島ルート事件については、平成四年四月中旬ころには現金の授受が行われておらず、また、大成ルート事件については、検察官の釈明する平成四年一一月一八日から同月二七日までの間には現金の授受が行われていないので、この点からしても、両ルート事件については被告人は無罪である旨主張する。
三 そこで、以下、まず、鹿島ルート事件、大成ルート事件及び大林ルート事件における現金授受の有無及びその時期について検討し、次いで、各ルート事件においてゼネコン各社から被告人に提供された金員の趣旨及び右金員に対する被告人の認識について検討することとする(なお、以下においては、関係者の検察官に対する供述調書、当裁判所の期日外の証人尋問調書、公判手続更新前の各公判調書中の供述部分、分離前の相被告人の被告人供述調書、証人尋問調書(いずれも謄本を含む。)についても、便宜、「供述」として説明する。また、分離前の相被告人についても、その旨の表記を省略する。)。
第二 現金授受の有無及びその時期
一 鹿島ルート事件における現金授受の時期
1 弁護人は、被告人が、Jから、同人が鹿島建設から預かった現金一〇〇〇万円を受け取ったのは、平成四年四月中旬ころではなく、同年一一月五日であると主張する。
2(一) しかしながら、Jに対し、被告人への現金一〇〇〇万円を託した当時の鹿島建設東北支店仙台営業所長Iや、Iに右現金を渡した当時の同支店次長Hは、いずれもJに右現金を渡したのは平成四年四月上旬ころであると供述している。そこで、右各供述の信用性について検討するに、<1>右各供述は、いずれもその時期に現金を贈ることにした経過を具体的に供述しており、その供述内容に特段不自然、不合理な点はなく、同人らがことさら金銭授受の日時を偽る必要性も認められないこと、<2>Iは、捜査段階のみならず、弁護人申請の証人として当公判廷において供述した際にも、Jに対して現金を渡したのは平成四年四月上旬か中旬ころであると供述をしており、同人の供述は捜査公判を通じて一貫していること、<3>Hの指示を受けた当時の同支店経理部長Pも、指示を受けた当日に現金一〇〇〇万円を用意し、その二、三日後にHに現金を渡したが、その時期は平成四年四月上旬ころであると供述しているところ、Pは、前任者から同支店の裏金の保管、管理を引き継いで間もなくの時期であるとして平成四年四月上旬ころと特定した理由を具体的に供述しているうえ、同人の供述は、同人の指示により、現金一〇〇〇万円を準備した翌日に同額の現金を補填した際に作成された出納資金振替票の日付が同月七日になっていることからも裏付けられており、Pの供述からもIやHの供述が補強されていることなどを指摘することができるのであって、これらを考慮すると、IやHの供述は十分に信用することができる(右出納資金振替票の日付及びP、I、Hの供述を前提にすると、現金一〇〇〇万円がJに渡されたのは、同月八日か九日ころになる。)
(二) また、現金をIから預かったJは、捜査段階において、平成四年四月上旬ころIから被告人に現金を渡してもらえるかどうかの打診があり、これを了承したところ、その数日後に現金を持ってきたと供述しており、この点はIの供述とも一致しているうえ、Jの供述は、同月三日及び八日にIと会った旨の同人作成の手帳の記載からも裏付けられており、信用性は高い(この日付は、前記出納資金振替票の日付等を前提とするJへの金銭授受の日付とも矛盾なく合致する。)。
(三) 以上からすると、IがJに対して現金一〇〇〇万円を託したのは平成四年四月上旬ころと認められ、Jの供述によれば、同人はその後ほどなく右現金を被告人に渡したことが認められるのであるから、右現金を被告人が受け取った時期は、同月中旬ころと認定することができる。
3 これに対し、弁護人は、期日外の証人尋問において、Jが、被告人に現金を渡した後に鹿島の副社長か何かと会った、その人物は被告人と会ったのではないかという趣旨の供述をしていること、また、被告人の記憶によれば、鹿島建設のQ副社長が被告人を訪問したのは平成四年一一月五日と平成五年一月の二回であることの二点を根拠にして、現金授受の日は平成四年一一月五日であると主張するのであるが、そもそも、J自身も、右証人尋問の際、現金を渡したのは同年一一月に行われた選挙の半年以上も前のことであると供述していること、弁護人が平成四年一一月五日の根拠とするJの供述は曖昧なものであり、Jが会ったという人物が鹿島建設の副社長であるかどうかも明確ではないことに加え、被告人自身も、捜査段階において、被告人と以前から付き合いのあった鹿島建設のQ副社長は、平成元年ころ鹿島建設の副社長になってからも年に一、二回仙台に来ており、その都度被告人も訪問を受けていたと供述しているのであるから、そもそも弁護人の主張は、その前提において成り立たないものといわなければならない。
二 大成ルート事件における現金授受の時期
1 平成五年一一月七日付け起訴状記載の公訴事実では、金銭授受の日時が平成四年一一月二五日ころとされているところ、検察官は、平成四年一一月二五日ころとは、同月一八日から同月二七日までの間である旨釈明した。他方、弁護人は、検察官の釈明にかかる期間内に、大成建設株式会社東北支店支店長であったOが、Kに対して現金二〇〇〇万円を渡すことは不可能であり、右金銭の授受は、同年一〇月七日以前に行われたものであると主張する。
2(一) そこで検討するに、関係証拠によれば、Oは、同支店管理部長であったRに対し、現金二〇〇〇万円を準備するよう指示し、Rは、同支店経理室長であったSに対して現金の準備を指示したこと、Sは、同支店経理課長のTに指示して現金二〇〇〇万円を準備し、Rから指示された日に右現金をOに渡したこと、Oは、Sから受け取った現金二〇〇〇万円をK木材の事務所においてKに手渡したこと、Kは、現金を受領した後、その旨を被告人に連絡し、現金受領の数日から一〇日後に被告人に渡したことが認められる。
(二) そして、Sに対し現金二〇〇〇万円の準備を指示したRは、平成四年九月中ころに、Oから現金二〇〇〇万円を一一月中に準備するように言われたが、九月末に税務調査が予定されていたため、その直前に二〇〇〇万円もの使途不明金を計上すると追及されると考え、同年一〇月に入ってから、Sに対し、二〇〇〇万円を用意するよう指示をした、その際、二〇〇〇万円は一一月中に用意すること、伝票は数通に分けること、決算修正伝票の建築と土木の割合は建築六対土木四にすることなどを具体的に指示した、SはRの指示を受け、一〇枚くらいの出納伝票を用意した、一一月一〇日過ぎで二〇日以前にRから現金二〇〇〇万円が準備できたとの報告を受け、Sに現金二〇〇〇万円をOのもとに持参するように命じたと供述している。また、Rの指示を受けたSも、平成四年一〇月初旬ころ、Rから現金二〇〇〇万円を一一月中旬ころまでに用意するよう、また、決算修正伝票の建築と土木の割合は六対四にするように指示された、これを受けてTに二〇〇〇万円を用意するよう指示したところ、Tが数通の伝票を用意してきたので、その合計が二〇〇〇万円であり、建築と土木の割合が六対四になっていることを確認して建築部長、土木部長の印をもらい、伝票をTに戻して予定通り実行するよう指示したところ、一一月中旬ころTから二〇〇〇万円の準備ができた旨の報告を受け、Rからの指示により、一一月中旬から下旬ころに支店長室でOに二〇〇〇万円を渡したと供述している。このように、R、Sの供述は、RがSに二〇〇〇万円の準備を指示した時期、二〇〇〇万円の捻出方法、捻出期限、二〇〇〇万円の準備ができた時期等について、その内容が相互に一致していることに加え、その供述は具体的かつ詳細であり、特段不自然、不合理な点もない。また、R、Sがことさら現金準備の時期に関し虚偽の供述をしなければならない事情も見当たらない。さらに、RがSに対する指示を平成四年一〇月になってから行った理由についても、税務調査が同年九月末に行われるため、それが終わってから指示をしたという点で合理的である。加えて、R、Sの供述は、その供述どおりの経理処理が行われている第一三三下期損金不算入経費調書によっても裏付けられている。すなわち、右調書には、平成四年一〇月一二日から同年一一月一八日までに一〇回にわたり合計二〇〇〇万円の支出があるところ、右二〇〇〇万円の支出に関する建築と土木の割合が、Rらの供述のとおり六対四になっているのである。このように、客観的な証拠に裏付けられたR、Sの供述の信用性は非常に高いというべきである。
(三) また、Oも、Kに二〇〇〇万円を届けた具体的な日時は特定できないとしながらも、捜査段階から分離後のKに対する収賄被告事件での証人としての供述に至るまで一貫して平成四年一一月二五日前後ころにKに渡したと供述しているところ、右供述は前記R、Sの供述と符合している。加えて、Oは、Kに二〇〇〇万円を届ける時期については、選挙期間中であったことからOとKが空いた時間を探すのに苦労した旨、また、Kに対して二〇〇〇万円を手渡した際、Kとの間で「選挙も追い込みで大変でしょう。」などと話したところ、Kから、「自民党県連と他党との調整とかで、船頭が多くて大変だよ。」と言われ、さらに、「投票率はどの辺まで伸びそうですか。」と尋ねたところ、「四〇パーセントは超えたいと思っていますが、無理かもしれないね。」と言われた旨、それぞれ供述しているが、右会話の内容は具体的で臨場感があり、捜査官が誘導することの困難な内容であることからしても、Kに現金二〇〇〇万円を渡した時期については、平成四年の仙台市長選挙期間中であり、一一月二五日前後ころである旨のOの供述も信用することができる。
(四) さらに、Kは、現金二〇〇〇万円はOから受け取ってから数日から一〇日後に被告人に渡したと供述しており、その限りでは、捜査段階からK自身が被告人となっている公判廷供述に至るまで一貫している。ところで、被告人は、大成ルートの第一回公判期日における被告事件に対する陳述の際、二〇〇〇万円の趣旨は選挙資金であると否認しながらも、平成四年一二月ころ、Kから二〇〇〇万円の現金を受け取ったことがあると陳述している。この陳述が捜査段階からの被告人の供述と一致していること、被告人は、鹿島ルート事件の金銭受取りの時期については平成四年の春か秋かはっきりしないと陳述しているのに、大成ルート事件においては、その趣旨を否定しながら、Kから現金を受け取った時期が平成四年一二月ころであると陳述していることなどからすると、右陳述の当時、被告人はKから現金二〇〇〇万円を受け取ったのは、平成四年一二月ころであったとの記憶に基づいて右の陳述をしたものと考えられる。そして、被告人の右陳述は、Kに対する現金二〇〇〇万円授受の時期についてのOらの供述を裏付けるものといえる。
(五) ところで、Kは、捜査段階においては、Oから現金二〇〇〇万円を受領したのは平成四年一一月二九日に投票が行われた仙台市長選挙の数日前であったと供述し、後述のとおり、被告人が記載していた手帳の記載内容についても合理的な説明をしているところ、Kの右供述が、同人自身、自己の意に添わぬ供述調書については極力署名指印を拒否しようと決意した後である平成五年一二月二六日付けの検察官調書においてもされていることからすると、その供述内容は、Kの記憶に添ったものと考えられ、その信用性は高いといえる。そして、Kの右供述は、Oの供述と符合しており、Oの供述を補強するものである。
3(一) もっとも、弁護人は、被告人の手帳の記載及び平成四年一一月一八日から同月二七日までのOとKの行動から、右期間中にOからKに現金二〇〇〇万円が渡されることはあり得ず、実際の授受は同年一〇月七日以前であると主張する。
(二) 確かに、被告人が記載していた手帳(平成七年押第六六二号の9。以下、「被告人手帳」という。)には、平成四年の仙台市長選挙に際し、Kに対して現金を持参した一三社の名前が記載されており(具体的には、該当ページの六行目に「戸田、大成、安藤、大豊、五洋」、七行目に「大林、不動、地崎、岡、東亜」、八行目に「佐田、菱中」と記載されている。)、右記載を見る限り、大成建設は、平成四年一〇月七日にKに対して現金を手渡した大林組より一行上に記載されている。しかしながら、関係証拠によると、被告人手帳の記載は、被告人がKの記載したメモを手帳に書き写したものであるところ、Kは、当初各社から現金を受け取るなどした際に日付、会社名、金額を順に記載したメモを見ながら、会社名だけを別に書き写し、これを被告人に示したことが認められるのであり、被告人手帳に会社名が記載されるまでの間に二度の転記作業が行われていることを考慮すると、被告人手帳の記載は現金受領の順番を正確に表したものか、その正確性には疑問を差し挟む余地があることに加え(もととなるKのメモは焼却処分されており、確認することができない。)、Kは、各社から現金を受け取る毎にメモを記載していたと公判段階では供述してはいるが、捜査段階でKが供述しているように、平成四年六月中旬から下旬ころに、Oから大成建設としてKに渡す額を二〇〇〇万円と決めた旨の連絡があった際、二〇〇〇万円は確実に渡されると考えたKが、この時点で会社名、金額等をメモすることも十分考えられることなどからすると、被告人手帳の記載は、Oらの供述の信用性を左右するものではない。
(三) また、KとOの行動から平成四年一一月一八日から同月二七日までの間にOがK木材の事務所でKに面会することは不可能であるとの弁護人の主張は、主として大成建設東北支店の支店長車の運転手吉田良次が記載していた運転日誌の記載を根拠にしている。しかしながら、関係証拠によると、右運転日誌は、運転手の勤務状態を把握し、管理するものではなく、同支店での費用負担箇所を把握し、管理するためのものであり、吉田が運転していた支店長車については、一般の車と異なり、支店長専用であることから事前に乗車伝票の提出を受け後日運転日誌と乗車伝票を照らし合わせて内容をチェックするというシステムは取られておらず、したがって、支店長専用車の運転日誌の記載の正確性については、同支店総務室等の他の部署が確認できるものではなかったことが認められる。また、吉田は、当公判廷及び分離後のKの公判廷において、運転日誌の記載方法につき、一日分の運転時間、走行距離はもとより、その日の個々の運転時間、走行距離なども、運転勤務終了後まとめて書くことがあり、出張などがあった場合には翌日あるいは翌々日に記載することもあると供述し、さらに、運転時間や走行距離等については、時計やトリップメーター等を確認することなく、経験や感覚で記載していることから誤差や書き落としもあると供述しているのである。そうすると、運転日誌の正確性にも疑問があるといわざるを得ず、運転日誌の正確性を前提とする弁護人の主張は、前記Oらの供述の信用性を左右するに足るものではない。
4 以上の検討によれば、Kに渡された現金二〇〇〇万円を準備したR、Sの供述は十分に信用でき、両名の供述及び第一三三下期損金不算入経費調書の記載によると、大成建設東北支店においては、平成四年一一月一八日以降に現金二〇〇〇万円が準備されたものと認められる。また、右現金二〇〇〇万円をKに渡したOの供述は、その時期について必ずしも明確ではないもの、現金授受の日時が平成四年の仙台市長選挙期間中であったという点では十分信用するに足りるものであり、O自身が、Kに対する収賄事件の公判廷で、Kに対して現金を渡した日時について、投票日である平成四年一一月二九日やその前日である二八日ということはなく、現金の準備できた同月一八日から同月二七日までの間である旨供述していることからすると、Kに対して現金が渡されたのは、同月一八日から同月二七日までの間であると認めることができる。
そして、大成ルートの公訴事実においては、Kに対する現金授受の日時は平成四年一一月二五日ころとされているものの、検察官により、一一月二五日ころが同月一八日から同月二七日までをいう旨の釈明がなされ、この点について立証が尽くされていることを考慮すると、K木材事務所において、OからKに対し現金二〇〇〇万円が渡されたのは、判示のとおり、平成四年一一月一八日から同月二七日までの間であると認定するのが相当である。
三 大林ルート事件の現金授受の有無
被告人は、大林ルートについて、現金一〇〇〇万円を受領していない旨供述しているが、関係証拠によれば、現金の趣旨はともかくとして、被告人の依頼により、判示の日時場所において、Kが大林組東北支店長のMから現金一〇〇〇万円を受け取り、これをK木材副社長のU名義の定期預金にした上、被告人のために保管していたことが明らかであるから、右現金一〇〇〇万円は被告人が受領したものと認められる。
第三 現金供与の趣旨と被告人の認識
一 被告人は、各ルート事件で被告人に供与された現金は選挙資金と認識していた旨供述し、弁護人も、供与された現金は被告人に対する賄賂ではなく、また、被告人は供与された各現金が選挙資金を含む政治活動資金であるとの認識を持っていたのであるから、いずれにしても収賄罪は成立しないと主張する。
そこで、まず、各ルート事件に共通する前提事実並びに各ルート事件における現金供与の経緯及びその状況を検討した上で、各ルート事件の現金供与の趣旨及びそれに対する被告人の認識を検討することとする。
二 各ルート事件に共通する前提事実
1 関係証拠によれば、被告人の職務権限、仙台市における公共工事発注の実情等について、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告人は、仙台市長として、同市職員を指揮・監督し、同市が発注する各種公共工事に関し、請負業者選定のための指名競争入札の入札参加者の指名、請負契約の締結等の職務を統括管理していた。
(2) 仙台市が日本下水道事業団に施設の建設工事を委託した場合、建設工事の請負業者を選定し、請負契約を締結するのは同事業団であって、仙台市長たる被告人の権限に属する事項とは認められないが、下水道事業が地方公共団体の固有の事務であることからすれば、被告人には、同事業団に工事を発注した仙台市の長にして公の施設の設置者であり、かつ、予算執行の責任者である仙台市長として、適切な下水道施設建設工事を実施するため、受注業者についても同事業団に対し意見を述べる職務権限があると認められる。
(3) 同様に、仙台市のガス事業についても、被告人は、仙台市長として、住民の福祉に重大な影響がある業務の執行に関しその福祉を確保するため必要があるときには、同市のガス事業の管理者である仙台市ガス局長に対し、必要な指示をすることができる権限を有しているのであり、仙台市ガス事業管理者が東京ガスエンジニアリング株式会社(以下「TGE社」という。)に対して一括発注したLNG基地建設工事の請負業者の選定についても、その安全性確保の観点等からこれに意見を述べ、あるいは必要な指示をすることは、仙台市長たる被告人の職務権限の範囲内に属する行為と認められる。
(4) 仙台市が発注などする公共工事の受注者の決定については、原則として指名競争入札方式が採用されていた。しかしながら、被告人は、昭和六一年ころから、工事額が数億円規模の工事から共同企業体を組むような大型工事については、指名競争入札の入札参加者が指名業者審査委員会において選定され指名される以前に、被告人において当該工事を受注させたいと考える意中の業者を、同委員会委員長である助役に指示するなどして確実に入札参加者に指名させるとともに、その意向を助役を介するなどして業者側に伝達していた。これを受けた業者側は、市側から示された被告人の意向に反すると将来の工事の指名や受注に関して不利益に扱われることなどを恐れ、業者間で事前に入札価格を打ち合わせるなどして調整し、被告人の意向を受けた業者が当該工事を落札・受注しており、現に、国際文化交流会館(仙台国際センター)新築工事や仙台市豊齢センター新築工事では、それぞれ、間組、清水建設をいわゆるスポンサーとして受注させるよう被告人が指示したことから、被告人の意向を受けた間組が国際文化交流会館新築工事を、清水建設が仙台市豊齢センター新築工事を、それぞれスポンサーとして受注した。
(5) このように、仙台市が発注などする大規模工事においては、指名競争入札制度が形骸化しており、被告人の意向によって、受注する業者が決定されていたことから、ゼネコン各社は、これらの工事を受注するために、仙台市当局の担当者に対して、宣伝、陳情を繰り返す営業活動のほか、受注を希望する工事について被告人の意向を得るため、本社の幹部クラスの者が積極的に被告人に陳情を繰り返すなど、いわゆる「トップ営業」と呼ばれる営業活動を展開し、一方、こうしたゼネコン各社から、直接あるいは人を介して陳情等を受けた被告人は、これを自己の手帳(被告人手帳)に記載するなどして、どの工事をどの業者に受注させるかを決めていた。
(なお、弁護人は、被告人が手帳(被告人手帳)に工事名とともに業者名等を記載していたのは、陳情されたことの心覚えであり、工事の割り振りを前提に記載していたものではないと主張する。しかしながら、被告人手帳の記載内容を検討すると、仙台市が発注を予定していた公共工事四〇件余について、業者名や仲介者と思われる人物の氏名が記載されているところ、同手帳には、陳情を受けた業者を別の工事に回すことを示す、業者名に続けて、「→別事業」、「→別」などという記載があり、また、未だ業者名の記載のない工事名のみのページもあること、被告人手帳には欄外に「比較」と記載のあるページがあり、そこには過去の仙台市が発注等をした主要な公共工事とそれを受注した業者名が記載されていることなどを考慮すると、被告人手帳の記載内容は、陳情の心覚えのためだけでなく、工事の割り振りを前提としたものと認めることができる。)
2 次に、関係証拠によると、被告人に対し現金を供与した各社の立場、現金の原資、現金授受の方法等について、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告人は、<1>平成四年四月一六日、間組、清水建設、西松建設、三井建設のゼネコン四社から現金合計一億円、<2>同月中旬ころ、鹿島建設から現金一〇〇〇万円、<3>同年一〇月七日、大林組から現金一〇〇〇万円、<4>同年一一月一八日から同月二七日までの間に、大成建設から現金二〇〇〇万円といういずれも一千万円単位の各現金を供与されたが、現金を供与したゼネコン各社は、いずれも仙台市が発注等をした公共工事の受注者であり、また、現に、仙台市が発注等をする各種公共工事について、それぞれその受注を目指して仙台市当局等に営業活動を行っていた営利企業である。
(2) 右ゼネコン各社は、被告人に供与した現金をいずれも各社の使途不明金から拠出している。
(3) 右各現金は、いずれも被告人の支持団体や後援会あるいは選挙事務所等に交付されたものではなく、A、G、J、Kといった被告人の身内又は個人的に被告人と近しい間柄にある人物を通じて被告人個人に供与されており、その際、領収証等、金銭授受を示す書類等は発行されていない。
3 さらに、関係証拠によると、平成四年一一月に行われた仙台市長選挙の実情、選挙に要した費用の負担方法等について、以下の事実が認められる。
(1) 被告人の支持母体である政治団体には、「丙野たろうを励ます会」と「愛と活力のある新しい杜の都をつくる市民連合(旧名称は「愛と活力のある政令都市仙台をつくる市民連合」)」があった。右市民連合は、平成四年一一月の選挙に向け、同年三月ころから活動を開始した。
(2) ところで、平成四年の仙台市長選挙については、早くから無風選挙といわれており、同年四月時点ではめぼしい対立候補はいないことが予測されたことから、被告人の当選は確実視されていた。そのため、右市民連合においても、なるべく資金をかけないで選挙運動を行う方針とされていた。
(3) 平成四年の仙台市長選挙で被告人陣営が支出した選挙運動に要する費用は、すべて右二つの政治団体及び東京にある「青葉の会」という政治団体に対する寄付金でまかなわれており、被告人は、自己資金として二〇〇万円を支出したのみであった。なお、被告人が自己資金として支出した二〇〇万円は、被告人に対し、自民党総裁から公認料として交付された現金をそのまま充てたものであり、被告人個人において準備した資金ではない。
三 各ルート事件における現金供与の経緯及びその状況
1 間ルート事件
(一) 関係証拠によれば、現金供与に至る経緯及びその前後の状況等について、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告人は、昭和五九年の仙台市長選挙に当選して仙台市長になった後、当時間組東北支店支店長であったCと知り合い、以後、交際を続けていたところ、Cは、平成三年秋から暮れころにかけて、Aと翌年に行われる仙台市長選挙の話をするうちに、Cが中心となり東京で現金一億円程度を集めて被告人に提供しようと思い立ち、その旨をAに話した上、同人から被告人に話して被告人の意向を確認するよう依頼し、その後、Aから被告人も一億円を受領する意向である旨の返事を得た。
(2) Cは、平成三年暮れから平成四年一月中旬までの間に、間組の会長兼社長であったBから、被告人に提供する一億円程度のうち、間組で三〇〇〇万円を負担することについての了承を得た。
(3) その後、Cは、被告人に対する一億円程度の提供について、互いに副社長同士として比較的親しい間柄にあった清水建設のD、西松建設のE、三井建設のFに話を持ちかけ、平成四年三月上旬までにDらから了承を得て、結局、間組、清水建設、西松建設が各三〇〇〇万円、三井建設が一〇〇〇万円の合計一億円を被告人に提供することになった。
(4) 同年一月二九日、被告人は、Aとともに上京し、新橋の割烹「松山」においてCとともに会食をした。
(5) 一億円については、同年四月一六日に被告人側に渡されることになり、Cら四名は、それぞれ各社の使途不明金から自社負担分の現金を準備した。
(6) 他方、Cは、Aに対し、現金授受の日時を連絡するとともに、被告人の身内の者を取りに来させるようにと伝えた。
(7) 被告人は、AからCが身内の者を取りに来させるよう言っている旨を聞き、Aと相談の上、被告人の女婿であるGに現金の受取りを依頼することにし、その旨Gに依頼した。
(8) Cら四名は、四月一六日、レストラン「クレール・ド・赤坂」において、各自が用意した現金合計一億円をGに渡した。なお、Aも仙台から上京し、間組本社でGと合流したが、Cは、現金授受の場にはGしか同行せず、Aには別席が設けられ、一億円授受後にGとAは東京駅で合流し、ともに仙台に戻った。
(9) AとGは、仙台に戻ってから被告人に対し一億円を受け取ってきた旨連絡し、被告人からの依頼によりAにおいて一億円を預かることになったことから、Aが手配して借り受けた銀行の二つの貸金庫に一億円を保管しようとしたが、右貸金庫には九二〇〇万円しか保管できなかったため、残額の八〇〇万円については、Aが被告人に手渡した。
(10) 被告人は、Cの要請により、同月二一日にAとともに上京し、前記「松山」において、C、D、E、Fとともに会食したが、その際、被告人は、「このたびは、お世話になりありがとうございました。」と一億円を受け取ったことへの礼を述べ、Dらも、自己紹介をした上、「市の仕事ではたいへんお世話になっています。今後ともよろしくお願いします。」などと述べた。なお、この会食の場では、仙台市発注の具体的な工事の話などは出なかった。
(11) その後、同年六月七日に、被告人は、C、A及び間組東北支店長のVとともに、栃木県内のゴルフ場でゴルフをした。
(二) ところで、平成四年一月二九日に行われた割烹「松山」での被告人、C、Aの会食の席上で、Cが具体的な工事名を挙げて間組を含む現金供与側の四社が工事を受注できるよう依頼したか否かについては、CがDらに対し被告人に対する一億円程度の現金供与の話を持ちかけた時期と関連して争いがあるところであり、弁護人は、「松山」での右会食時点では、Cは未だDらから一億円供与についての了解を得ていなかったのであるから、その時点では、Cが他の三社に関して具体的に工事名を挙げて被告人に対しその受注を依頼するということはあり得ないと主張する。そこで、平成四年一月二九日に行われた会食時の会話内容を中心に検討する。
(1) Cは、捜査段階において、右会食時に、被告人に対し、間組、清水建設、西松建設、三井建設の四社で一億円を提供すること、四社に対する工事への配慮を依頼し、仙台市発注工事の物件の整理を東京で行うか、各社毎に持ち込むかCがまとめて持ち込むかを相談した上、Cがまとめて持ち込むことにしたこと、さらに、仙台市等が平成四年度以降に発注する梅田川第一雨水幹線工事、広瀬川第二雨水幹線工事、LNG基地建設工事、仙台駅北市街地再開発工事、音楽堂建設工事、茂庭荘増築工事等について具体的に工事名を挙げた上で、それぞれ間組や清水建設等が受注できるように頼んだこと、一億円を集める前後に挨拶をしてほしいと依頼したこと、仕事の話が一段落した後雑談をしながら食事をしたことなどを供述しており、被告人の捜査段階における供述も概ねCの供述に沿うほか、陳情を受けた各工事について、会社名を被告人手帳に記載したというものである。そして、Cの右捜査段階の供述は、その場に同席したAの供述、すなわち、Cが間組、西松建設、清水建設、三井建設で合わせて一億円を出させてもらうと言った旨、また、その場でCが具体的な工事名を出し、間組や清水建設等が指名に入るように依頼しており、具体的な工事名は覚えていないものの、下水道工事とか駅前や長町の再開発の話が出ていた旨の供述によって裏付けられているほか、Cが使用していた平成四年の手帳(平成七年押第六六二号の2。以下、同手帳を「C手帳」という。)の一月二九日欄及びその右ページの記載並びに被告人が公共工事等について陳情等を受けた際、その内容等を記載していた前記被告人手帳(同押号の9)の記載によっても裏付けられるというべきである。
すなわち、C手帳の一月二九日の欄には「G、A(松山)」と、その右ページには「会社数・来年度以降プロジェクト・会社毎に持込むか」、「案内(物件)仙台でなく東京で整理は担当、集める前か後に顔出」、「音楽堂(長町特殊鋼跡地)マル市茂庭荘。外記町アパート建直。レヂャーセンター」と、それぞれC及び被告人の捜査段階の供述を裏付ける記載がある(なお、Cは、手帳の右記載は一月二九日の会食以前に、会食時の話題を心覚えとして記載していたと捜査段階から一貫して供述している。)。また、被告人手帳にも、欄外に「広瀬川幹線」との記載のあるページに「清水」、欄外に「梅田川幹線」との記載のあるページに「間」、一行目に「間」との記載のあるページに「LNG(間 清水 三井)」、欄外に「駅北第一南再開発ビル」との記載のあるページに「本体」として間組、清水建設、西松建設を示す「間、清、西(C)」、欄外に「音楽堂」との記載のあるページに「間」、欄外に「茂庭荘」との記載のあるページに「間」との各記載がそれぞれ存在し、被告人が各工事について記載の各会社が受注を希望している旨の陳情等を受けたことを裏付けている。そして、被告人手帳は、平成五年七月三日に仙台地方検察庁において被告人の知人である国井泰雄から任意提出されているところ、同日、すでにCは、東京拘置所内において検察官に対し、平成四年一月二九日に被告人と会食をした際、被告人に対しC手帳に記載した音楽堂等の話だけでなく、仙台駅前の市街地再開発計画(被告人手帳の駅北第一南再開発ビルに相当)、液化天然ガス施設工事等についても被告人に対して話をし、清水建設、西松建設、三井建設の工事受注方を依頼したと供述しており、この供述が被告人手帳によっても裏付けられていることからすると、Cの捜査段階の供述の信用性は高いというべきであり、これに沿う被告人の供述もその信用性が高いというべきである。
(2) もっとも、Cは、公判段階においては、C手帳中の「会社数」との記載について、選挙応援を協力してもらう会社ということで、業界もあれば、協力する数社という意味も含まれるし、「会社数」というのは不特定な意味で記載したもので、Cとしては、被告人との会食の席上で業界に話を持ち出し業界でまとめるか、数社にするかという点については被告人から任されたと思ったので、「会社数」については会食の席上で話していないと供述している。しかしながら、「会社数」という記載からすれば、それが業界全体を意味するとは考えられないことに加え、関係証拠によって認められる以下の諸事実、すなわち、<1>Cは、Aに対して被告人への一億円提供の話を持ち出した際、何社かで一億円を出そうと思っていると言っていること、<2>間組の会長兼社長であるBに対し、平成三年暮れころから平成四年一月中旬ころまでの間に被告人に対する一億円提供の了解を得る際にも、「他数社とも相談いたしまして一億円くらい差し上げようと思っています」と言っていること、しかも、間組の負担分として三〇〇〇万円程度は出すことになると思うと述べてBの了解を得ており、業界で一億円を提供することを前提にした話とすれば、間組の負担分が異常に高額であること、<3>Cは、Dに対して業界に話を持ち出すことを相談したと供述するものの、Dは、それを否定し、Cからは当初から四社くらいですると持ちかけられたと供述していることなどからすると、業界に持ち出そうとしていたとのCの公判供述は信用性に乏しく、むしろ、当初から、副社長同士が親しく仕事の調整もしやすい清水建設、西松建設、三井建設と間組の四社で一億円を提供する腹づもりであった旨の捜査段階におけるCの供述の方こそ信用することができる。そうすると、C手帳に記載された「会社数」は、Cが予定していた間組、清水建設、西松建設、三井建設の四社を指し、この四社を前提として、物件の整理は東京で行うとか、物件については各社毎に持ち込むかなどといった工事の割振方法等に関する会話が行われたと考えるのが自然である。
なお、弁護人は、被告人手帳中の前記各記載は、その記載時期が不明であるから、被告人やCの捜査段階での供述の裏付けにならないと主張するが、被告人は、公判段階において右手帳中の個々の記載内容の記載時期に関し捜査段階の供述を変更する特段の供述をしていない。のみならず、捜査段階の供述は、被告人手帳の記載について、その記載内容、内容を変更した部分についてはその理由、記載や変更の時期等について矛盾なく合理的に説明しているのであって、それ自体信用性が高いといってよく、被告人の捜査段階の供述と被告人手帳の記載内容は相互に補強し合い、Cの捜査段階の供述の信用性を裏付けていると考えられる。
(3) 以上からすると、平成四年一月二九日に「松山」で行われた会食時の発言内容に関する被告人とCの捜査段階の供述は十分に信用できるものであり、これにAの供述も併せて考慮すれば、「松山」の右会食時に、被告人は、Cから、間組、清水建設、西松建設、三井建設の四社で一億円を提供する旨の話を聞き、引き続き、Cから、仙台市等が平成四年度以降に発注する広瀬川第二雨水幹線工事を清水建設に、梅田川第一雨水幹線工事を間組に、LNG基地建設工事を清水建設、三井建設、間組の三社に、仙台駅北部第一南地区再開発ビル新築工事(以下、「再開発ビル新築工事」という。)を間組、西松建設、清水建設の三社に、音楽堂建設工事を間組にそれぞれ受注させてもらいたい旨の陳情を受け、被告人はこれに応じてこれらの陳情につき、その工事名と会社名を被告人手帳に記載したことが認められる。(なお、付言すれば、このように、「松山」での被告人とCとの会話内容が具体的で詳細であり、客観的な証拠によっても裏付けられていることからすると、少なくとも、この時点までには、Cは、D、E、Fらに被告人に対する一億円程度の現金供与の話を持ちかけ、それなりの感触を得ていたと考えるのが自然であろう。Cは、平成四年一月二〇日の土木工業協会の広報委員会があった後に、Dと会って一億円供与の話をしたのが最初であると供述しているところ、平成三年一二月二五日に「松山」に対し平成四年一月二九日の予約が入れられていることや、Cが、平成四年一月中旬までにBから被告人に対する一億円の供与及び間組の負担部分として三〇〇〇万円程度の支出の了解を得ていたことなどからすると、Cが具体的な会話内容はともかく、同月二〇日ころにDに話を持ちかけるのは事の成り行きとして自然であって、Cの供述はよく理解できること、Cから一億円供与の話を持ちかけられたEも、その時期を平成三年一二月から平成四年一月下旬ころと供述していることも、前記認定を裏付けるものといえよう。もっとも、D及びFは、自己がそれぞれ被告人となっている公判廷において、Cから話を持ちかけられた時期に関し、Dは、平成四年二月一七日と、Fは同月一五日から一七日ころまでの間であると供述している。しかしながら、Dが二月一七日と日付を特定する根拠の一つには、二月一七日に土木工業協会の広報委員会があり、その後、麻雀を行ったということがあるが、CがDと会ったと供述する一月二〇日にも同委員会があり、しかも、Dの予定ではその後に麻雀をする予定が入っていたことからすると、記憶の混同の可能性も否定できないこと、F自身は、Cから連絡があったのは二月中旬ころと供述するものの、その具体的な根拠は明確になっていないことからすると、D、Fの供述は、前記認定を左右するものではない。)。
また、被告人及びCの捜査段階の供述、前記被告人手帳の記載等の関係証拠によれば、平成四年六月七日に被告人とCらとがゴルフを行った際、被告人は、Cから、梅田川第一雨水幹線工事に間組が、広瀬川第二雨水幹線工事に清水建設が指名を受け、それぞれ各社が受注できたことに関して礼を言われ、さらに、間組は音楽堂建設工事に絞るので、再開発ビル建設工事は間組の代わりに三井建設に受注させてもらいたいなどと陳情を受け、右陳情に基づいて、先にした手帳の記載を書き換えるなどしたことも優に認められる。
2 鹿島ルート事件
関係証拠によれば、現金供与に至る経緯及びその前後の状況等について、以下の事実を認めることができる。
(1) 鹿島建設は、平成四年前後においては、全国二位か三位程度の売上高の実績を有しており、同社の東北支店仙台営業所は、宮城県下の土木建築工事を扱っているところ、同時期、同営業所の受注成績は全体として良好であったが、仙台市発注の工事については、指名、受注とも他のゼネコンに比べて極めて不振な状況にあった。
そして、鹿島建設が仙台市からの工事の受注が少ない原因は、同社東北支店の副支店長であったWと被告人との間の確執にあると関係者の間で取りざたされており、一方、被告人も、東北地方における工事について、Wの受注調整の仕方が強引であることや、かつて被告人が仙台市と泉市の合併を推進していた際、Wがこれに反対していると伝え聞いたことなど種々の事情から、Wには不快感を抱いていた。
(2) ところで、昭和五九年ころから、仙台市においては、工事代金額が二〇〇億円あるいは三〇〇億円以上と予想される前記再開発ビル新築工事の計画があった。右計画は、平成三年八月ころには基本設計業務を設計会社に委託し、同年一一月には実施設計を委託するとともに、事業計画の変更手続を進め、平成四年三月には事業計画の変更が認可決定され、同月末には、実施設計も一応完成して仙台市に引き渡されるなど、再開発事業の事業計画が一応まとまって保留床の譲渡先募集手続に入っていた。そして、各ゼネコンとも、再開発ビル新築工事について、その指名あるいは受注に向けて活発な営業活動をしており、鹿島建設東北支店仙台営業所長であったIも、仙台市からの受注が少ないことを苦慮していた中、「超高層の鹿島」のメンツにかけて、同工事を受注しようと積極的に営業活動を展開していた。
(3) ところが、Iは、平成三年初夏から夏ころ、平成四年に行われる予定の仙台市長選挙において、Wが被告人の対立候補を擁立し、被告人を落選させるなどと発言し、これを聞いた被告人が激怒しているという噂を聞きつけ、再開発ビル新築工事の受注獲得に関しては、大成建設という強力なライバルがあることなどから、このままでは鹿島建設が同工事を受注するはおろか指名に入ることも極めて困難になり、ひいては今後の仙台市発注の工事についても受注できなくなるのではないかとの危機感を持つに至った。
(4) そこで、Iは、再開発ビル新築工事についての営業に努める一方、元宮城県議会議員で被告人とも親交のあったJにとりなしを依頼したが、その後、Jから、被告人の機嫌が直るまで時間がかかりそうである旨告げられた。
なお、Iは、これ以外にもJに依頼して、再開発ビルの発注時期等について被告人からの情報を得ていた。
(5) さらに、Iは、平成四年一月ころ、Jに対して、「X橋の再開発(再開発ビル新築工事のこと)もそろそろ近いので、私も頑張っていますので、指名に入れていただけるよう何とかお願いできませんか。」などと言って、鹿島建設が同工事について指名してもらえるよう被告人に働きかけて欲しい旨依頼した。
これを受けて、Jは、そのころ、被告人に対して、「鹿島が駅北の再開発関係で仕事が欲しいそうだ。」などと告げ、同年二月四日ころにも、被告人に対して、同様に口添えをした。
(6) Iは、平成四年三月ころ、同年一一月に仙台市長選挙があることから、選挙資金ということで被告人に現金を供与すれば、鹿島建設と被告人の関係修復ができるのではないかと考えるに至った。
そこで、Iは、鹿島建設東北支店の次長であったHと相談し、Jに依頼して被告人に選挙資金として現金一〇〇〇万円を供与することとした上、Jに対し、「実は、先生にお願いしている件ですが、丙野市長さんにはこれからも色々とお世話にならないとなりませんし、今年は選挙の年ですので、選挙資金ということで丙野市長さんに先生からお届け願いませんでしょうか。」などと依頼してその了承を得、同支店の使途不明金の中から現金一〇〇〇万円を準備し、平成四年四月上旬ころ、これをJに届け、被告人に渡してもらうよう依頼した。なお、その際、Iは、Hと相談をした上で、同様に使途不明金から現金三〇〇万円を準備し、被告人に対して現金一〇〇〇万円を渡してもらう謝礼としてJに渡した。
(7) Jは、平成四年四月中旬ころ、仙台市役所の市長室において、「これは鹿島からだ。今年は選挙もあるし、鹿島の方でも仕事でいろいろ市長に世話になるから差し上げてくれと言われて預かってきた。」などと言って、Iから渡された一〇〇〇万円を被告人に渡した。
(この点について、弁護人は、Jが被告人に対して現金一〇〇〇万円を渡した際、Jは、「これ鹿島からだ。」と言って現金の入った紙袋を渡したにすぎず、それ以上の説明はなかった旨主張し、Jも期日外での当裁判所の証人尋問の際には弁護人の主張に沿う供述をし、被告人も上申書において、同様の供述をしている。しかしながら、弁護人の右主張は、現金授受の時期が平成四年一一月五日であることを前提としているが、前記のとおり、現金授受の時期は同年四月中旬ころと認められ、その時期からすると、Jが「鹿島からだ。」と言って紙袋を渡したとしても、具体的な説明がなければ被告人にはその趣旨が理解できず、特に、被告人は鹿島建設のWと隔意があったことからすると、具体的な説明がない限り、被告人において受け取ってよいものか否かの判断もつかないものといえよう。この点からすると、Jの捜査段階の供述は十分合理的な内容ということができる。Jは、右証人尋問期日において、検察官に対しては、「鹿島からだ。」と言って渡したという以上の説明はしていないと供述してはいるものの、他方で、Jは、被告人に現金一〇〇〇万円を渡した時の会話内容について訂正を求めたことはなく、また、検察官が故意に言わないことを書いたとか、意味が全く異なることを書かれたこともないと供述していることからして、捜査段階のJの供述内容は信用することができる。また、Jの捜査段階の供述と符合し、前記認定に沿う内容の被告人の捜査段階の供述も十分信用することができると考えられる。)
(8) Jから一〇〇〇万円を受け取った被告人は、その後、被告人手帳の欄外に「駅北第一南再開発ビル」と記載してあるページ中、「本体 大成 間 清 西(C)」との記載の下方に「鹿島」と記載し、「鹿島」の文字から上方に矢印を書き記した。
(なお、その後、被告人手帳の記載は、本体工事関係とそれ以外の設備工事関係を分けて記載し直されたため、右の記載とは若干異なり、「本体 大成 間 清 西(C)」との記載の左斜め下方に「鹿島」と記載され、「鹿島」の文字から「大成」の文字の左側に矢印を書き記した形になっている。もっとも、弁護人は、被告人手帳中の鹿島建設部分の記載時期がかなり早い時期であったと主張するが、被告人は、この手帳の記載時期について当公判廷において明確な供述をしているわけではなく、また、右手帳中の「間 清 西(C)」の記載が、平成四年一月二九日ころに書かれたと認められることからすると、その記載の前に記載された大成の下方に記載されている「鹿島」の文字は、同日以降に記載されたと考えるのが自然であり、この記載時期に関する被告人の捜査段階の供述も十分信用することができる。)
(9) 被告人は、Jから受け取った現金一〇〇〇万円を、自宅に置いてある他の業者から渡された現金を収納していたワイシャツの箱の中に入れ、後日、国会議員四名に渡すなどして費消した。
(10) その後、被告人は、平成四年一一月に被告人を訪問した鹿島建設のQ副社長から、「仙台も再開発が盛んでいろいろな計画があるそうですが、再開発では建築の物件もでるそうですが、支店の方でもがんばりますので今後ともよろしくお願いします。」などと陳情を受け、また、平成五年三月に被告人を訪問した鹿島建設東北支店のc支店長、d支店次長からLNG基地建設工事についての陳情を受けた際、再開発ビル新築工事についても、鹿島建設において保留床に出資することも考えているなどと伝えられた。
3 大林ルート事件
関係証拠によれば、現金供与に至る経緯及びその前後の状況について、以下の事実を認めることができる。
(1) 大林組東北支店は、平成元年暮れから平成二年初めころ、仙台市が葛岡に清掃工場を建設するという情報を得たが、同工事は、焼却炉によるごみ処理工場であり、仙台市が焼却炉等のプラント部分とその他の建物等の部分の建設工事をプラント業者に一括して発注し、プラント業者が建物に関する土木建築工事を建設業者に下請に出すというものであり、大林組は、同工事の受注を希望していたプラント業者である日立造船株式会社に対して営業活動を行い、同社が同工事を受注した場合には、大林組に下請発注する旨の合意を取り付け、結局、平成三年一一月一一日、日立造船は、仙台市から、同工事を請負代金額二九一億九〇二〇万円で随意契約により受注し、平成四年三月一九日、そのうちの土木建築工事を、大林組が日立造船から請負代金額九一億二五八〇万円で下請受注した。
(2) 平成四年二月ころ、大林組東北支店は、仙台市が右清掃工場の隣接地に粗大ごみ処理施設建設工事を発注するという情報を得て、同工事についても日立造船の下請を目指して営業を行い、まもなく、同社との間で、同工事を同社が受注した場合には、そのうちの建物に関する土木建築工事を大林組に下請発注する旨の合意を取り付けた。
(3) Lは、昭和六〇年六月に、大林組東北支店の支店長に就任し、営業活動の一環として、折に触れて被告人に会い、仙台市発注の工事について、大林組が指名されあるいは受注されるよう陳情するなどしていた。また、Lは、大林組と取引のあったK木材の社長であったKとも知り合うようになり、Kが被告人と非常に親しい関係にあることを知るに至った。Lは、その後、本社の土木本部長に就任し、いわゆるトップ営業を行うようになったが、東北支店の受注実績や営業状況については、全国の支店において年に四回の割合で行われるブロック会議や個別のレクチャーによって、把握していた。
(4) Lは、平成四年七月一〇日、仙台市を訪れた際、東北支店の要請を受けて被告人を訪問することとなり、同支店副支店長のXから、葛岡清掃工場建設工事の進捗状況や粗大ごみ処理施設建設工事の営業状況、同年一一月に行われる予定の市長選挙に被告人が立候補を表明したこと、選挙自体は無風選挙が予想されることなどの説明を受けた上、仙台市役所を訪れた。
Lは、市長室において、被告人に対して、「葛岡の工場では、おかげ様で現在日立さんの下請でやらせて頂いていますが、順調に工事も進んでおります。ありがとうございます。」などと葛岡清掃工場建設工事を日立造船の下請として受注できたことについての礼を述べた上、「清掃工場の隣に粗大ごみの破砕施設建設が次に計画されているという話も聞きましたが、私どもも、日立造船さんの設計や見積りのお手伝いをしております。日立造船さんの下請けですが、是非私どもに仕事をさせて頂きたく、宜しくお願いいたします。」などと言って、右工事が大林組の元請となる日立造船に発注されるよう依頼した。次いで、仙台市長選挙の話題になり、Lが、「私どもとしても、選挙に協力させて頂きたいので何なりとお申し付け下さい。」などと言って、選挙応援ということで被告人に資金を提供することを申し出たところ、被告人は、右の申し出を受けて、「ありがとう。それではKをご存じでしょうから、誰か支店の方にでもKと話すように伝えて下さい。」などと答え、Lはこれを了承した。
なお、被告人が、右のようにKと相談するよう指示したのは、昭和五九年及び昭和六三年の仙台市長選挙の際、ゼネコン等から被告人に提供される現金は、Kに届けてもらい、同人においてこれを銀行に預けるなどしてしばらく保管した後、被告人に現金を届けるという方法を取っており、今回の選挙の際も同様の方法を取ることを、昭和四年のはじめころ、被告人とKとの間で取り決めていたことによるものであった。
(5) 被告人は、その後、手帳(被告人手帳)に「マル清 葛岡大型破サイ機 大林」と記載した上、仙台市環境局長に対して、大林組が日立造船の下請として葛岡粗大ごみ処理施設建設工事を希望している旨伝えるなどし、Kに対しては、「大林が選挙で支援すると言っているから、Kさんところに行くように言っておいたよ。」と伝えた。
(6) Lは、Xを介して、大林組東北支店の支店長であったMに、Kと会って打ち合わせをするよう指示した。そして、Lの指示を受けたMは、同年九月上旬ころ、Kと会い、Kの申し出により被告人に現金一〇〇〇万円を供与することを決め、その旨Lに報告した。
一方、Kは、被告人に対して、「大林組は一〇〇〇万円持ってくると言っていますが、どうしましょうか。」などと相談し、被告人は「いつものように預かっておいてよ。」と言って、Kに現金を管理しておくよう依頼した。
(7) その後、Mは、Kと相談して現金を渡す日時、場所を具体的に決めた上、東北支店の使途不明金から現金一〇〇〇万円を準備した。
(8) Mは、同年一〇月七日、Kと待ち合わせをしていた仙台ホテルに赴き、同ホテルの四階エレベーターホール付近において、持参した現金一〇〇〇万円をKに渡した。引き続き、Mは、K及び仙台に来ていたLとともに同ホテル内で食事をしたが、その後、Lに対し、Kに一〇〇〇万円を渡したことを報告した。
(9) Kは、翌日の同月八日、Mから受け取った一〇〇〇万円を、K木材の副社長であったU名義の定期預金にし、被告人には「大林組から間違いなく一〇〇〇万円受け取りました。定期にして銀行に預けました。などと報告した上、右預金の定期預金証書を保管していた。
(10) 日立造船は、平成五年五月一九日、仙台市から、葛岡粗大ごみ処理施設建設工事を請負代金額八二億二九七〇万円で指名競争入札により受注した。
Lは、日立造船が葛岡粗大ごみ処理施設建設工事を受注したことから、事実上、大林組が建物等に関する土木建築工事の下請受注をすることが確定したため、同月三一日、仙台市役所を訪問し、被告人に対して、「葛岡の大型破砕機の工事では、日立造船が受注して、当社が下請で工事を頂くことができました。ありがとうございました。」などと礼を言った。
大林組は、同年一〇月一日、日立造船が受注した葛岡粗大ごみ処理施設建設工事のうちの土木建築工事を、同社から請負代金額三三億九九〇〇万円で下請受注した。
4 大成ルート事件
関係証拠によれば、現金供与に至る経緯及びその前後の状況等について、以下の事実を認めることができる。
(1) 大成建設東北支店は、仙台市から、数百万円から十数億円規模までの各種工事を受注していたが、平成四年当時までに仙台市から受注した主要な工事としては、泉中央土地区画整理事業の一環である泉中央駅前広場関連工事があり、平成二年から平成四年にかけて、数十回にわたり、単独であるいは共同企業体を組むなどして、指名競争入札又は随意契約等により、総額三〇億円を超える請負金額で受注していた。
(2) 前記2(2)のとおり、仙台市においては、工事代金額が二〇〇億円あるいは三〇〇億円以上と予想される再開発ビル新築工事の計画が進められており、各ゼネコンとも、右工事の指名あるいは受注に向けて活発な営業活動を展開していたが、大成建設東北支店においても、同工事を一番の重点獲得対象物件と位置付け、歴代支店長や本社の会長、社長などが被告人に陳情をするなど、様々な営業活動を行っていた。
(3) 大成建設東北支店の支店長であったOは、平成四年六月初めころ、被告人が同年一一月二九日に行われる仙台市長選挙に出馬表明をしたことを知り、この機会に、被告人に現金の供与を申し出ようと考え、被告人に面会の申込みをした。
(4) Oは、同年六月一一日ころ、仙台市役所の市長室において、被告人に会い、「今年は仙台でも市長選挙が予定されていますが、丙野市長も出馬表明されたことをうかがいました。つきましては、大成建設としても是非市長選挙におきましては丙野市長の選挙のお手伝いをさせて頂きたく参上しました。」などと言って、選挙応援として被告人に現金の供与をしたい旨を述べた。これに対して、被告人は、右申し出の趣旨を理解しつつ、「ご丁寧にありがとう。詳しくはK木材のKさんをご存じでしょうからKさんと相談して下さい。」と答えた。さらに、Oは、「ところで、駅北の再開発ビルについては市長さんも大分ご苦労されているとは思いますが、当社をぜひよろしくお願いいたします。」などと、再開発ビル新築工事の受注方を依頼した。
(5) 被告人は、その後、Kに連絡をし、「大成さんの支店長が来ましたが、いつものようにKさんの所に行くように話しておいたので宜しく頼みます。」などと伝えた。
(6) Oは、被告人と会ってから数日以内にKに連絡を取って相談したところ、Kから、前回の市長選挙で大成建設が被告人に提供した現金は一〇〇〇万円であったから、今回は二〇〇〇万円でどうかなどと、金額についての具体的な提示があった。そこで、Oは、大成建設の代表取締役副社長であったNに対し、被告人が市長選に出馬表明をしたこと、選挙自体は無風選挙であること、被告人の指示によりKと打ち合わせたところ、二〇〇〇万円を提供するように言われたことなどを伝えた上、再開発ビルの件などもあるので、この機会に二〇〇〇万円を提供した方がよいと思う旨を進言し、Nの了承を得た。そして、Oは、同月中旬から下旬ころに、Kに対し、大成建設として現金二〇〇〇万円を被告人に提供する旨伝えた。
(7) その後、Oは、大成建設東北支店の使途不明金の中から二〇〇〇万円を準備し、同年一一月一八日から同月二七日までの間に、K木材の事務所において、Kに対し右現金を渡した。
(8) Kは、現金を受け取ってから、被告人に対し、大成建設から現金二〇〇〇万円を受け取ったことを報告したところ、被告人から、市長選挙が終わったら持参するように指示されたことから、選挙後の同年一二月上旬ころ、仙台市役所の市長室において被告人に現金二〇〇〇万円を手渡した。被告人は、Kから受け取った現金二〇〇〇万円を自宅に持ち帰り、自宅に置いてある他の業者から渡された現金が収納されていた段ボール箱の中に入れ、後日、被告人の長男が自宅を建てるために被告人が銀行から借り入れた借金の返済に充てた。
(9) なお、被告人は、同年一〇月七日に大成建設代表取締役会長のY及びNの来訪を受け、Yから仙台市発注の前記泉中央土地区画整理事業の関連工事を大成建設が受注したことに対する礼を言われた上、再開発ビル新築工事について工事受注の陳情を受けた。また、同年一二月二日には、大成建設代表取締役社長のZの来訪を受け、Zからも同工事受注の陳情を受けたが、その際、被告人はZに対し、「頑張って営業してください。大成さんは道路の方で実績がありますから。」などと暗に大成建設を再開発ビル新築工事の本命と考えている旨の好意的な応対をした。
四 各ルート事件における現金供与の趣旨
1 以上の事実関係を前提に、各ルート事件での現金供与の趣旨を検討する。
(一) 関係証拠によると、被告人に現金を供与した各ルート事件の供与者は、いずれも被告人に対する贈賄罪で起訴されたものであるところ、間ルート事件のC、D、F、鹿島ルート事件のH、I、J、大林ルート事件のL、M、大成ルート事件のN、Oは、それぞれ各ルート事件の第一回公判期日において供与した現金の賄賂性を含む公訴事実を認める供述をしている上、それぞれ自己が被告人となっている公判廷においても、供与した現金の主たる趣旨は選挙資金であったと供述しているが、右各供与者の供述を検討しても、各供与者が、被告人個人の政治手腕や人格、識見等に期待して、被告人の政治的な主張の実現を託すという意味で選挙に協力するために現金を供与したとはおよそ認められず、各供与者も、供与した現金に、一般的な意味で過去の工事に対する謝意と今後仙台市から発注などされる各種公共工事についての依頼の趣旨があること自体は認めているところであって、右各供与者の公判廷供述だけからしても、供与された現金が賄賂であることは優に認定することができる。
(二) のみならず、間ルート事件のB、Eを含め、各供与者とも、捜査段階においては、選挙資金というのは名目であり、もっぱら各供与者が認識している過去に仙台市等から受注した主要な公共工事について、被告人から有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼と今後仙台市が発注等を予定しており、各社が受注を目指している公共工事について同様に指名競争入札の入札参加者に指名してもらうなど有利便宜な取り計らいを受けたい趣旨である旨の供述をしている。そして、前記二1記載のとおりの被告人の権限、仙台市発注の公共工事の実情のもとに、<1>過去仙台市等が発注などした各種公共工事の受注を受け、さらに今後とも各種公共工事の受注を目指して営業活動を展開している営利企業であるゼネコン各社が現金を供与していること、<2>平成四年の仙台市長選挙は早くから無風選挙といわれており、有力な対立候補もなく、被告人の当選は確実視されていた状況下で、それぞれ間ルート事件では四社合計一億円、鹿島ルートでは一〇〇〇万円、大林ルート事件では一〇〇〇万円、大成ルート事件では二〇〇〇万円という莫大な額の、あるいは多額の現金を供与していること、<3>各社ともに、各現金をいずれも使途不明金から支出していること、<4>各現金は、被告人の後援会等、その支持母体や政治団体に供与されたのではなく、被告人の身内の者や個人的に被告人と近しい間柄にある人物を通して、前記のとおりの職務権限がある被告人個人に供与されており、その使途先についても特段の限定は付されていないこと、<5>右各現金の提供を被告人に申し出た際、間ルート事件においてはCが、大林ルート事件ではLが、大成ルート事件ではOが、それぞれ具体的な工事名を挙げて被告人に対しその受注方を依頼しており、また、鹿島ルート事件においては、IがJに対して具体的な工事名を挙げてその受注方を被告人に働き掛けてもらうよう依頼していることなどからすると、各現金は、仙台市が発注などする各種公共工事について、被告人が仙台市長として行う請負業者指名などの職務に対する対価として被告人に供与されたものと強く推認することができるのであり、供与された現金の使途に限定がなく選挙資金として使用されても差し支えないものであるという点で選挙資金ということが全くの名目とまではいえないにしても、供与された現金の趣旨に関する各供与者の捜査段階における供述は基本的に信用することができるというべきである。
(三) もっとも、弁護人は、<1>間ルート事件では、公共工事受注という観点からは競争関係にあるゼネコン四社の間で共謀して有利な取り計らいを求めるということはあり得ない。<2>大林ルート事件では、下請会社の立場にある大林組のLが発注先に対して独自に営業活動をしたり、ましてや、賄賂を供与してまで謝礼や便宜供与の意思を表す必要はない。<3>各ルート事件について、いずれも営利企業であるゼネコン各社が過去に受注した公共工事について発注者の長に対し謝意を表すという漠然とした意味で現金の供与を行うことは企業の論理としてあり得ないとそれぞれ主張する。
しかしながら、<1>については、現にCらが共謀の上贈賄をしたことを認めていることに加え、関係証拠によれば、Cらが被告人に対して現金を供与する目的の一つとして、当時東北地方に勢力を持ち、東北地方の公共工事の受注を取り仕切っていた鹿島建設東北支店副支店長であるWの勢力が仙台市に及ばないようにしようとする意図もあったことが窺えるので、この点からすれば、間組、清水建設、西松建設、三井建設ともに利害が共通しているといってよい上、Cは、D、E、Fに対して、各社の公共工事の受注依頼はCに任せてほしいと述べ、Dらも、仙台市内の公共工事に詳しいCに被告人に対する陳情は任せたので、Cも仙台市発注等の各種公共工事について、被告人に対し、間組だけでなく、清水建設、西松建設、三井建設についても具体的な工事名を挙げてその受注方を依頼していることからすると、弁護人の主張は理由がない。
また、<2>についても、Lは、当公判廷で証人として供述した際には、下請業者が発注先に対して独自に営業活動をすることはないと供述しているものの、自らの公判廷においては、大林組と日立造船の関係を婿と嫁の関係にたとえ、運命共同体とした上で、被告人に対する前記挨拶には、大林組が日立造船の下請として一生懸命勉強しており、日立造船が工事を受注した暁には立派な仕事ができるという意味で、日立造船をよろしくお願いするという意味も幾分か含まれていることを認める供述をしている上、被告人に対する前記認定の文言は、単なる儀礼的な挨拶ではなく、明らかに日立造船に葛岡粗大ごみ処理施設建設工事を受注させてもらい、大林組に下請の仕事をさせてもらいたいという意味に理解できるのであり、Lも供述するように、日立造船と大林組の関係が運命共同体であるのならば、日立造船に対して工事が発注されれば必然的に大林組がその下請業者として工事を行うことができるようになるのであるから、これに対して賄賂を供与したとしても何ら不自然ではないというべきである。
さらに、<3>についても、各供与者とも、一般的な意味では、供与した現金に過去の受注に関する謝礼の意味が込められていることを認めていることに加え、大林ルート事件及び大成ルート事件については、LやNが被告人を訪問した際、判示のとおりの工事名を挙げて受注(大林ルート事件の場合は、下請としての受注)に対する礼を述べているのであり、このように、現金提供の話と前後して過去の受注工事に関する謝礼が述べられている以上、供与された現金の中には、当該工事受注の謝礼が含まれていると解するのが相当である。
2 以上のとおり、本件各ルート事件で供与者側から供与された現金には、判示認定のとおり、各供与者が認識している過去に仙台市等から受注した主要な公共工事について、被告人から有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼と今後仙台市が発注等を予定しており、各社が受注を目指している公共工事について同様に指名競争入札の入札参加者に指名してもらうなど有利便宜な取り計らいを受けたい趣旨が込められていることが認められるのであり、供与された現金はいずれも賄賂であると認めることができる。
五 被告人の賄賂性の認識の有無
1 次に、前記認定の事実関係を前提に、被告人の賄賂性の認識について検討する。
(一) 被告人は、当公判廷において、各供与者から供与された現金は選挙資金だと思った、賄賂と分かっていれば受け取らなかったと供述しているが、他方で、被告人が作成した上申書においては、現金供与の趣旨について、現金を供与した企業側が何らかの見返りを求めていた側面があることは否定しないとも供述している。
(二) ところで、被告人は、捜査段階においては、各ルート事件において各供与者から受け取った現金の趣旨について、選挙資金というのは名目であり、その本来の趣旨は、これまで仙台市発注の公共工事について有利便宜な取り扱いを受けたことに対する謝礼及びそれまで被告人が各社から陳情などを受けてきた今後仙台市が発注する各種公共工事について、指名競争入札の入札参加者に指名するなどの有利便宜な取り扱いを受けたい趣旨であることは分かっていた旨供述している。そして、前記認定のとおり、<1>現金供与者が仙台市発注等の公共工事の受注者であり、また、現に、工事を受注すべく営業活動中のゼネコン各社という営利企業であること、<2>平成四年の仙台市長選挙の情勢、特に、平成四年の市長選挙では、被告人において過去二回行った選挙と同様に被告人が選挙運動にかかる費用を負担する必要はなかったこと、<3>受領した金額、<4>現金の交付が被告人の後援会等の支持母体や政治団体ではなく、被告人個人にされたものであり、その使途についても特段の限定がないこと、<5>受領した現金について領収証を発行するなど金銭授受を明らかにするものはなにも作成されていないこと、<6>金銭提供の申し出がされた際、又は、その前後において、被告人は、各供与者から、それぞれ具体的な工事名を挙げ、あるいは、それと分かるような形で工事受注方の依頼を受けており、また、大林ルート事件、大成ルート事件については、供与者を含む会社役員等から具体的に過去に受注した工事名を挙げて謝礼を言われていることなどからすると、各現金が被告人の職務行為の対価であるということを、被告人は十分に認識できたと推認できるのであり、このことからしても、捜査段階の被告人の供述の信用性に疑問はない。
(三) 加えて、関係証拠によれば、<7>受け取った現金の使途、特に、実際の選挙活動資金としては使用されなかったこと、<8>大林ルート事件については、Lからの陳情を受けた後、仙台市環境局長に対し、大林組が日立造船の下請業者として葛岡粗大ゴミ処理施設建設工事の受注を希望しているなどと伝え、大成ルート事件では、現金供与後、被告人を訪問した大成建設代表取締役社長に対し、暗に大成建設を再開発ビル新築工事の本命と考えている旨の好意的な応対をしたこと、<9>Cの陳情を受けた被告人は、平成四年五月中旬ころ、当時の仙台市の助役であり、指名業者審査委員会の委員長でもあったaに対し、「梅田川の下水工事は間にやらせ、広瀬川の下水工事は清水にやらせてくれ。」と指示し、後日、広瀬川第二雨水幹線工事は清水建設を含む共同企業体が、梅田川第一雨水幹線工事は間組を含む共同企業体がそれぞれ受注したこと、<10>LNG基地建設工事についても、被告人は、平成五年三月二四日ころ、仙台市から一括発注を受けたTGE社の代表取締役社長であったbに対し、同人が同工事につき、清水建設及び鹿島建設の共同企業体に発注する案を示した際、間組を共同企業体に入れるよう指示するなどし、さらに、同年四月初めころ、bに対し共同企業体の構成会社の確認をし、bから、三者の構成比率について清水建設四五パーセント、鹿島建設三五パーセント、間組二〇パーセントと聞いた際、間組の構成比率をもう少し上げるように依頼して間組の構成比率を二二パーセントに引き上げさせ、結局、同月九日に、TGE社から、清水建設(四五パーセント)、鹿島建設(三三パーセント)及び間組(二二パーセント)の三社が発注業者として内示されたことなど、間組、清水建設に対し、有利便宜な取り計らいをしたことが認められるほか、<11>被告人は、間組が被告人に現金を渡したことについてAらが検察庁で取調べを受けるようになった平成五年六月一二日ころ、被告人が間組ら四社から一億円の供与を受けたことが発覚するのを恐れて、Aに保管させておいた右一億円の残金及び工事名や業者名等を記載した被告人手帳を他の知人に預け、また、そのころ、それまで被告人が他の業者から受け取って自宅に隠匿保管していた合計一億円余りの現金をKに預け、さらに、被告人が大成建設から受け取って自己の借金の返済に充てた二〇〇〇万円についても、その出所についての追及を免れるためにKとの間で二〇〇〇万円の金銭消費貸借契約書を作成するなど、罪証隠滅工作を行っていることが認められるのであり、これらの事実関係からしても、被告人が供与された各現金について、それが賄賂であると認識していたことは明らかであるといわなければならない。
被告人は、当公判廷において、各ルート事件で供与された現金の大半を使わずに保管していたことについて、将来の政治活動に備えて保管していた旨供述しているが、その供述する将来の政治活動ははなはだ漠然としたものであることに加え、一般的に考えて、およそ政治活動とは関係がないと思われる自己の借金の返済に使用した二〇〇〇万円についても政治活動資金と強弁するなど、被告人の右公判供述はおよそ信用することができない。
2 以上のとおりで、被告人は、本件各ルート事件で供与者側から供与された現金が判示認定のとおりの趣旨を有し、賄賂であることを十分に認識していたと認められる。
3(一) なお、間ルート事件について被告人の共犯とされているAは、前記認定のとおり、Cからの被告人に対する現金一億円供与の話を聞いてこれを被告人に取り次ぎ、被告人の依頼を受けて現金受領の段取りを整え、Gとともに現金の受け取りに行っており、現金を受け取ったGとともに現金を東京から仙台まで持参した上、これをAが借りた貸金庫に入れて保管していたこと、A自身も、平成四年一月二九日に行われた「松山」での被告人とCの会食の席に同席し、具体的な工事名を挙げて被告人にその受注方を依頼するCの言動を認識していたこと、関係証拠によれば、Aは、同年四月一六日に現金一億円を受け取って仙台に戻ってから、その経営する会社の事務所において、Gとともに、一億円の札束の帯封を解き、輪ゴムで一〇〇万円ずつ結び直すなどしていること、本件発覚後、Cの依頼を受けて、間組負担分の三〇〇〇万円が被告人に渡されたのではなく、Aが会長をする間友会に渡された旨の虚偽の供述をしていたことなどが認められるのであり、これらの事実関係からすると、Aも、現金一億円供与の趣旨を十分認識しながら、被告人と共謀の上、現金一億円を受け取ったと認めることができる。
(二) また、大林ルート事件、大成ルート事件について被告人の共犯とされているKは、前記認定のとおり、被告人とKとの間で、両会社が持参する現金をKが被告人に代わって受け取り、一時保管しておく旨の合意があったところ、右<1>ないし<5>、<7>の事情や、前記のとおりの被告人の罪証隠滅工作に対するKの協力状況に照らせば、Kにおいても、具体的な工事名はともかく、両会社から受け取った現金の趣旨が、これまで仙台市が発注などする各種公共工事等に関し指名競争入札の入札参加者に指名されるなど有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼及び今後仙台市が発注などする予定の各種公共工事等について同様の有利便宜な取り計らいを受けたい趣旨であることは十分に認識していたと推認することができる(K自身も、当公判廷で証人として供述した際、右各現金には、何か欲しい仕事があったときに指名や受注について宜しくお願いしますという気持ちがあるのは当然であろうと思っていた旨供述している。)。そして、被告人との合意に基づき現金を受領したKが、現金供与の趣旨を認識している以上、被告人とKは、共謀の上、大林ルート事件、大成ルート事件の各現金を受け取ったと認めることができる。
第四 結論
以上のとおり、関係証拠によれば、現金授受の時期に関し、鹿島ルート事件については平成四年四月中旬ころ、大成ルート事件については、平成四年一一月一八日から二七日までの間と認められ、大林ルート事件についても、被告人側に現金一〇〇〇万円が渡ったことは優に認められるのであり、また、各ルート事件で供与された現金の趣旨についても、それが賄賂であって、被告人には賄賂性の認識があったと認められるから、判示のとおり、被告人には各収賄罪が成立する。
(法令の適用)
罰 条
第一、第三、第四の行為 平成七年法律第九一号附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下、「改正前の刑法」という。)六〇条、一九七条一項前段
第二の行為 改正前の刑法一九七条一項前段
併合罪の処理 改正前の刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第一の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数 改正前の刑法二一条(一〇〇日を算入)
追 徴 改正前の刑法一九七条の五後段(収受した賄賂については没収することができないので、第一の罪について一億円、第二、第三の罪について各一〇〇〇万円、第四の罪について二〇〇〇万円を追徴)
訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文(負担)
(量刑の理由)
本件は、仙台市長であった被告人が、ゼネコン七社から、同市が発注等をする予定の各種公共工事等につき有利便宜な取り計らいを受けたいなどの趣旨のもとに供与されることを知りながら、四回にわたり合計一億四〇〇〇万円の賄賂を収受したという収賄の事案である。
被告人は、仙台市長として、同市を統括、代表し、その事務を管理執行する地位にあり、市民の付託を受けて、その職務を公正かつ廉潔に遂行するとともに、自らの襟を正して同市職員の模範となるべき立場にありながら、かかる収賄事件を犯したのであり、本件犯行は、市長の職務の公正に対する市民の期待と信頼を裏切ったのみならず、ひいては地方自治・地方行政に対する国民の期待、信頼を著しく損ない、社会的にも大きな衝撃を与えたものであって、被告人の責任は極めて重大である。
被告人は、四ルート七社にも及ぶゼネコン各社から、合計一億四〇〇〇万円もの賄賂を受け取っており、この額は同種事案でも類例を見ないほどの極めて多額のものである。そして、こうした賄賂を受け取ることにより、本来公正かつ厳正な手続で行われるべき公共工事の指名・発注を市長自らの手で歪めたということからも、その犯行は悪質といわなければならない。しかも、被告人は、ゼネコン各社から提供される賄賂をあたかも当然のこととして受け止め、躊躇なくこれを収受しているのであって、動機に酌量の余地はない。また、被告人は、本件が捜査機関に発覚した後には、関係者と謀って、罪証隠滅工作を行うなどしており、犯行後の態度も芳しくない。
さらに、前記認定のとおり、本件各金員の趣旨が賄賂であることは明白であり、被告人においても、これを当然認識して受け取ったものと認められるにもかかわらず、被告人は、供与された金員は選挙資金であると弁解するなど、真摯な反省の態度にやや欠けるものがあるといわざるを得ない。
加えて、相次ぐ公務員等の汚職が問題となり、綱紀の粛正が叫ばれている現状を考慮すると、こうした汚職事件の再発を防止するために一般予防の見地も軽視できず、被告人に対しては厳しい態度をもって臨む必要があるというべきである。
他方、本件は、ゼネコン各社が、自社の利益の追求のために、進んで被告人に賄賂を提供しているのであって、いわゆる収賄者による「要求型」の事案とは一線を画すものであること、被告人は、仙台市長として、その在任中に、仙台市を政令指定都市にすることを実現したほか、交通網や下水道の整備、文化施設や福祉設備の建設等、仙台市の発展や仙台市民の福祉の向上の実現につながる様々な業績を残し、また、東北市長会会長、全国市長会会長を歴任して、地方自治の振興にも貢献してきたこと、本件発覚後、被告人は市長職を辞し、また、本件がマスコミに大きく取り上げられて社会的にも強い非難に曝されるなど、相応の社会的制裁を受けていること、被告人は、本件金員の賄賂性についてはこれを否定するものの、今回の事件で多くの者に迷惑を掛けたとして、「ことに自分を三たび市長として選出した市民を裏切り、その名誉と誇りを踏みにじったことに対しては、お詫びの言葉がない」などと述べるなど、それなりに反省の態度を示していること、様々な分野の者が、被告人の人格や識見を評価し、被告人に対する寛大な処分を望む趣旨の証言をし、あるいは同趣旨の上申書を提出していること、被告人は七一歳と高齢であることなど、被告人のために酌むべき事情も認められる。
しかしながら、現職の市長が複数のゼネコンから極めて多額の賄賂を収受したという本件事案の悪質性、重大性等に照らすと、被告人の刑事責任はやはり相当重いというべきであって、被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても、被告人を主文のとおりの実刑に処するのが相当である。
(裁判長裁判官 仙波厚 裁判官 宮崎英一 裁判官 高橋康明)